ハンガリーの名

2000年生まれの子供に多かった名前の上位ランキングは以下のとおりでした。

女の子 男の子
Viktória ヴィトーリア Dániel ダーニエル
Vivien ヴィヴィエン Dávid ダーヴィッド
Anna アンナ Bence ベンツェ
Alexandra アレサン Máté マーテー
Fanni ファンニ Tamás タマーシュ
Dóra ドーラ Péter ペーテル
Réka レーカ Balázs バラージュ
Petra Ádám アーダーム

90年代に一番人気だったアレクサンドラとダーヴィッドはついに一位を譲ったものの、まだまだ根強い人気を守ります。最近はこういった、つづりだけみれば西欧の国々によくみられる、しかしハンガリーでは新しいタイプの名前がはやりのようです。 男の子は聖書の名前が多いですが、女の子で聖書の名前はアンナだけ。これは国全体でみたとき(2000年生まれに限らず全人口)、マーリア、エルジェーベト、エーヴァなど聖書からとった名前が上位を占めることに対称的です。60年頃まで非常に好まれたこれらの名前も2000年ではマーリアが73位、エルジェーベトが84位とすでに少数派になってしまいました。反対に男の子は国全体トップのイシュトヴァーン、ラースロー、ゾルターンが、現在もそれぞれ18位、10位、11位と上位に位置しています。

しかし同時に古の響きのある名前も好まれる傾向にあります。女の子ならEnikő(エニクー)、Emese(エメシェ)、Kincső(キンチュー)、Emőke(エムーケ)、男の子ならLevente(レヴェンテ)、Csaba(チャバ)、Botond(ボトン)、Bendegúz(ベンデグーズ)など。上位にはいっているレーカなどもそうです。ちなみにレーカというのは伝説上でのアッチラ大王の正妻の名前、またベンデグーズはアッチラの父親の名前でした。このように「古風な」あるいは「ハンガリー独特の名前」といわれる名前は主にキリスト教への改宗以前に使われていた名前、あるいは伝説に登場する名前などです。しかしカルパチア盆地に来る前のハンガリー人は長くトルコ民族と共在していたことから、ハンガリー語起源の名前だけでなく、トルコ語起源のものも多くあります。チャバ、エネー(エニクーはこれがもと)、他に人気のあるところでÁkos(アーコシュ)やZsolt(ジョル)などがあります。

ハンガリーでは子供につけられる名前がある程度きまっています。基本的には「ハンガリーの名前の本」(Magyar utónévkönyv マジャル ウトーネークニ)「ハンガリーの名前の本」に載っている名前でなければいけません。但しこれはハンガリー国民でない者、または国外に住むハンガリー人には当てはまりません。それ以外、つまりハンガリーに住むハンガリー国民(少数民族を除く)はこの本から名前を選ぶのです。1998年版には2606の名前が載っていました(内、男1163、女1443)。この中から最高ふたつ選ぶことができます。そして性別にあった名前でないといけません(女の子に男の子の名前をつけてはいけない、またその反対)。また、ハンガリー語の綴りのルールに沿わない名前は却下されます。ジャネットなどはZsanettあるいはDzsanetと綴ります。ジェニファーはDzsenifer、ジェシカはDzsesszika、ジュリエットはZsüliettなどなど。

ハンガリー国民で、ハンガリー語を母語とし、少数民族の一員でない人が「名前の本」にない名前を子供につけようとする場合、届けを受けた戸籍係はハンガリー科学アカデミー(Magyar Tudomános Akadémia マジャル トゥドマーニョシュ アカデーミア)の言語学研究所(Nyelvtudományi Intézet ニェルトゥドマーニ インテーゼット)に専門家の意見を求めなければなりません。しかしこの意見が絶対という訳ではなく、その意見を基にして戸籍係が最終的な決定を下します。この決定に不服がある場合は内務省(Belügyminisztérium ベミニステーリウム)に申し立てをし、それでも認められない場合は裁判にもちこむことになります。却下される名前もあれば認められるものもあり、つまり選べる名前の数は常に増えていることになります。

2000年度は女の子に植物の名前をつけたいという申請が多くありました。そしてÁfonya(アーフォニャ)「クランベリー/ブルーベリー」やBúzavirág(ブーザヴィラーグ)「ヤグルマギク」などが認められました。また、ここしばらくハンガリーでは南米のメロドラマがはやっているせいか、Ronaldó(ロナルドー)、Lorenzó(ロレンゾー)、Dante(ダンテ)などの名前が申請され、これらも受理されています。しかしAtlanta(アランタ)、Szidni(シドニ)などの都市の名前について科学アカデミーの意見は否定的でした。また、Évike、Szilvi、TóniなどはそれぞれÉva、Szilvia、Antónia(など)の愛称ですが、これらを独立した名前と見倣すことにも否定的な意見がだされました。

○どんな名前があるのか

今から1000年前にキリスト教を受け入れたハンガリーは、それからは名前もキリスト教文化から選ぶようになります。まずは時の統治者ゲーザが洗礼を受け、キリスト教最初の受難者の名前に改名します。そして息子のヴァイクにも洗礼を受けさせ、同じ名前に改名させます。これがのちにキリスト教国家ハンガリーの初代王となるイシュトヴァーンです。


István/イシュトヴァーン…ギリシャ語起源の名前。ラテン語のStephanus(ステファヌス)とスラブ語のStefan(ステファーン)の形でハンガリーに渡り、また独語のStephan(シュテファン)にも影響を受け、Estefán(エシュテファーン)あるいはIstefán(イシュテファーン)とハンガリー語化され、そこから現在のIstván(イシュトヴァーン)になった。
Géza/ゲーザ…トルコ系語起源で元々は位の名前だった。本来ならジェイチャ、ジェーチェ、デーチェなどと発音されていたと思われるが、中世の年代記などの史料を19世紀に読み違えたことから現在の形になった。

改宗後にどんな名前が好まれたかは当時の王や貴族の名前から知ることができます。イシュトヴァーンに続くアールパード王朝にはアンドラーシュ、ベーラ、ラースロー、イシュトヴァーン、ゲーザなどがよくみられ、同じ名前の王が数人生まれています。

András/アンドラーシュ…ギリシャ語起源の名前。ラテン語のAndreas(アンドレアス)をハンガリー語化したもの。古い形のAndorjásからAndor(アンドル)、またラテン語のEndreas(エンドレアス)あるいは独語のEndres(エンドレス)かEnders(エンデルス)から派生したEndre(エンレ)などのバリエーションもある。時代を通じて高い人気を誇る名前。
Béla/ベーラ…起源は定かでないが、一般にはBél(ベール)という古ハンガリーの名前に愛称につかう指小辞を付けたものと考えられている。トルコ起源という説もある。中世の頃にはAdalbert(アダベルト)と同じだということにされるようになった。
László/ラースロー…スラブ語のVladislav(ヴラディスラヴ)から、Ladiszló(ラディスロー)、Ladaszló (ラダスロー)、Lacló(ラツロー)と発展して今の形になった。王位継承のいざこざからポーランドに亡命していたベーラ1世とポーランド王女の間に生まれた子供聖ラースローにこの名前がつけられたところからハンガリーに入ってきた。

アールパード王朝には偉大な先祖にあやかる気持ちからか、ハンガリー人をカルパチア盆地に導いた族長アールパードやイシュトヴァーンの父ゲーザなど、改宗以前からの名前も多くみられます。ベーラもそうですが、他にカールマーンやアールモシュなどがあります。

Kálmán/カールマーン…トルコ系語起源の古ハンガリーの名前。Kármánカールマーン)という名前もあるが、こちらはドイツ系の名前をハンガリー化させたものらしく、日本人が読み間違えた訳ではない。
Álmos/アールモシュ…トルコ系語起源の古ハンガリーの名前。アールパード族長の父で、伝説によると母エメシェの夢Álomに怪鳥トゥルルが現れたことから生まれたため、アールモシュとつけられたとされている。ÁlmosはÁlomの形容詞形

王国樹立以前は女性が歴史に名を残すことがまれであったため、アールパード朝初期までは、例えば王に姉妹がいたことがわかっていても名前まではわからないことがほとんどでした。伝説を除けば、早い時期の史料にでてくる名前はすでに「西欧」のものがほとんどです。これは当然改宗が直接の理由ですが、それと併せて妃を西欧諸国から迎えていたこともあるでしょう。この時代から通して人気のある名前に前述のマーリア、エリジャーベト、マルギットなどがあります

Mária/マーリア…聖書にある名前。ヘブライ語ではMirjamだったが、ギリシャ語・ラテン語への翻訳の過程で変化したものが、さらにハンガリー語化されたもの。
Erzsébet/エルジェーベト…ヘブライ語起源の聖書にでてくる名前。ヘブライ語のElisébaとラテン語、その他西欧諸語のElisabethをハンガリー語化させたもの。14世紀までは一番よくある名前で、その後もずっと高い人気を誇った。
Margit/マルギット…ギリシャ語起源の名前。ラテン語のMargaretaマルガレータ)をハンガリー語化したもの。ベーラ4世の娘の聖マルギットが有名。

ひとつ早い時期にすでにみられた名前で面白いのがあります。聖ラースローの娘Piroska(ピロシュカ)。「赤い」という意味の"Piros"に、小さいものを表す指小辞の"-ka"がついて、直訳すれば「赤いちゃん」。ハンガリー語の「赤ずきんちゃん」で知られます。そのためハンガリー特有の名前だとよく言われますが、実はこれ、ラテン語起源の名前だそうです。Priscaがハンガリーに入りPiriska(ピリシュカ)になり、その後古ハンガリーのPiros(ピロシュ)という名前の影響か、はたまた「赤」という意味の"Piros"の影響を受けて音が変化し、現在のPiroskaという形になりました。一時作家のアラニ・ヤーノシュが作中人物につかったため人気がでましたが、すでにブームは去ったようです。

[2002/09/27]